特別でないただの一日、でない一日 7



 祐巳ちゃんは嬉しそうに口を開いたが、ふとなにかに思い当たったように、口を閉じた。
 それから一分間、たっぷり百面相を披露する。
 えーと、なにか言おうか言うまいかためらっているような、言いたそうな、それでいて言っちゃいけないかな、とか思っているような。
 そんな表情を、さっきから何度も繰り返している。

 私は悩みに悩んでいる祐巳ちゃんの後ろの、志摩子ちゃんに目をやった。
 志摩子ちゃんはそんな祐巳ちゃんと私を、微笑ましそうに、それでいて羨ましそうに―――って、羨ましそう?
「志摩子ちゃん」
 私はふしぎに思って、志摩子ちゃんに声をかけた。

「志摩子ちゃんも、なにか言いたいことでもあるの?」
「「え?」」
 志摩子ちゃんと祐巳ちゃんの声が重なった。
 驚いた顔をした二人は、けれど別々の人物を見る。
 祐巳ちゃんは志摩子ちゃんを、志摩子ちゃんは私を。

「え、し、志摩子さんも、さまに…?」
「あ…私は…」
 いままで浮かべていた微笑みは、すっかり困惑のものに変わっていた。
「私は、その…べつに、なにも」

 祐巳ちゃんはそんな志摩子ちゃんをじっと見つめて、なにか考え込むようなしぐさをしたかと思うと、すっと私の前から半歩ずれた。
 ちょうど、志摩子ちゃんと私が、向かい合うような形になる。
「…じゃあ、志摩子さんから、どうぞ」
「えっ…祐巳さん?」

 祐巳ちゃんはにっこり笑う。ちょっと無理した様子で。
「志摩子さんも、さまに言いたいことがあるんでしょう? 私はあとでいいから」
「でも、祐巳さんは…」
「私なら平気だから」
 でも、と志摩子ちゃんはなお、ためらう。
 祐巳ちゃんも、志摩子ちゃんに譲ることを譲らない。
 ふむ…いままでと違って、なんか平和的な展開だなぁ。

 私は二人を交互に見比べた。
「えっと…とりあえず、二人は私に用事がある、ってことでいいのよね?」
「あ、えっと…」
「その…」
 二人は私の確認に、顔を見合わせて口ごもる。
 なんだか、互いに互いを気遣いあって、なにも言えないような感じだ。
 だけど、とにかく。

「うーん…それって、急ぎかな?」
「え?」
「私、図書室に返さなきゃいけない本があって…」
 彼女が帰るまでには、なんとか間に合わなければいけない。
 そう説明すると、志摩子ちゃんと祐巳ちゃんはお互い見やって、小さく笑った。

「それじゃあ、私はいいです」
「私も…さほど、重要なことではないので」
「え、そう?」
 はい、と、二人は頷いた。
 少しだけ、残念そうな顔で。

 私は心を痛めながらも、二人のやさしさに甘えることにした。
「じゃあ、私はもう行くね。パーティ、楽しんでね」
「はい。ごきげんよう、さま」
「ごきげんよう」

 私は挨拶を交わすと、くるりと背を向け、歩き出した。
 その後ろで、二人が少しだけ哀しそうに微笑みあったことに、私はまったく気づかなかった。



 図書室に入ると、そこは外とは少し違う空気だった。
 静かな空間に、本の匂いがいっぱいだ。
 人はいないのに、私は無意識に、できるだけ足音を立てないように歩いてしまっていた。
 図書室に来るたびに、どうしてもしてしまうことだ。

 周りを一通り見回し、ため息をつく。
 鍵は開いていたけど、人の気配がしない。
 もう帰ってしまったのかな、と、手元にある本を見下ろした。

(どうしよう…)

 べつに新学期が始まってからでもいいんだけど、約束したことを破ってしまうのは、どうも好きじゃない。
 残ってくれているかな、と根拠のない確信をしていたけど、外れたみたいだ。
 さてどうしよう、と考え込んだ私の背中に、突然声がかけられた。

さま?」

 ああ、今日は背後から呼ばれることが多いな、と思いながら、その相手を確信して振り返った。
 当たり。
「ごきげんよう、静さん」
 静さんはふっと微笑み、ごきげんよう、と返してくれた。



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up data 04/12/24