特別でないただの一日、でない一日 6



 なんかもう、今日はすごく疲れる日だなぁ。
 私は深いため息をついて、項垂れた。
 癒しがほしい。切実にそう願った。
 と、背中に声がかけられる。
さま?」
 うぅ、今度はだれぇ?

 半泣きになりながら振り向く。
 そこには、ツインテールの少女と、巻き髪の少女がいた。
 う、うわぁー! 癒し系コンビだぁー。
「祐巳ちゃん、志摩子ちゃん…!」
「え、え? ど、どうかされたんですか?」
 私の疲れ切った心に、心配そうな祐巳ちゃんの声が染み入ってくる。
 私は思わず、二人を両腕に抱えてしまった。

「きゃっ」
「うぎゃっ」

 うんうん、どっちも可愛い。大好きだ!
「え、さま??」
「あの…?」
 二人とも真っ赤になって、私を見上げてくる。
 はあ、癒される。

 私は笑って、二人を解放した。
「ごめんね、ちょっと、いろいろあって」
「疲れていらっしゃいますね…大丈夫ですか?」
 志摩子ちゃんが、気遣わしげに顔を覗き込んでくる。
 ん、ちょっとね、きみらのお姉さまと先輩とお友だちに、いろいろ絡まれただけだから。

 私は二人を安心させるために、笑ってみせる。
「ううん、二人を見たら安心しちゃった。疲れなんて吹っ飛んだよ。二人とも、大好き」
「ッ……」
 志摩子ちゃんが頬を赤く染めた。
「―――ッ!?」
 一拍遅れて、今度は祐巳ちゃんが真っ赤になる。
 ああ、癒し系コンビは伊達じゃないなぁ。
 私は思わずにやけてしまった。

「それで、二人はどうしたの?」
 私の問いには、志摩子ちゃんが答える。
「山百合会幹部による、毎年恒例のクリスマスパーティの件で、薔薇さま方に連絡をしてきたところなんです」
 蓉子さんたちか…怒ってるだろうなぁ。
 あとで謝らなくちゃ、と思っているところに、祐巳ちゃんが、
「あ、それから、紅薔薇さまから、さまをお見かけしたら、お伝えするように、と伝言を預かってきました」
 お会いできてよかったです、という言葉に私は、う、と詰まった。

 どうしよう…なんだろう。
 怒ってるかな、途中で逃げちゃったんだもんな。
 でも蓉子さんだし。ああだけど、失礼極まりないしなぁ。
 覚悟を決めて、私は訊き返す。
「それで、なんて?」
「はい、」
 祐巳ちゃんは一呼吸置いて、言った。

「例の件については、気にしないでください。あの二人は、私のほうでなんとかします。迷惑をかけてごめんなさいね=cだそうです」

 お、大人だ、蓉子さん…!
 私は心の中で、蓉子さんに手を合わせた。マリア様にそうするように。
 後日改めて、御礼と謝罪を申し上げ奉らねば!

「あの…?」
 祐巳ちゃんの不安そうな、それでいてふしぎそうな顔に気づき、私は慌てて先輩の顔を取り繕う。
「うん、ありがとう。じゃあ紅薔薇さまに、私のほうこそごめんなさい。それから、ありがとう≠ニ伝えておいて」
「わかりました」
 祐巳ちゃんが素直に頷く。はぁ、やっぱり癒しだ。

 私がのほほんと二人を眺めていると、祐巳ちゃんがなにか、言いたそうな顔をした。
「? どうしたの、祐巳ちゃん?」
「えっ!?」
「いや、なんか言いたいことでもあるの?」
 訊ねると、祐巳ちゃんは慌てふためき、いやそのあの、と意味のない言葉を募らせ、最後は困り顔で俯いてしまった。
 そんな上目遣いで見つめられたら、おねーさん困っちゃうよ。

 私は戸惑い、少し下がったところで微笑んでいる、志摩子ちゃんを見た。
 私の視線に気づいた志摩子ちゃんは、祐巳ちゃんを微笑ましそうに一瞥すると、こう言った。

さま、今夜はなにか、ご予定はありますか?」
「えっ」
 えぇ!? ま、またこの展開ぃ?
 私は半ば泣き崩れそうになりながら、答えた。
「ないよ…。それで、なにかな?」
 ない、と言った瞬間に、祐巳ちゃんの顔が嬉しそうに輝いたのは、たぶん、気のせいではない。



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up data 04/12/24