特別でないただの一日、でない一日 5



「誘ったのは私たちのほうが早かったのですから、私たちが先に返答を聞く権利があると思いますが」
 ぴくん、と祥子さんの眉が跳ね上がった。
 令さんが苦笑して、事態を傍観―――って、傍観?
 令さんの性格なら、慌てて止めに入ってもいいものなのに。
 私ははらはらしながら、成り行きを見守る。

「誘った…というのは?」
「私たちも、いまさっきさまを、自宅で開くクリスマスパーティにお誘いしていたんです。まだその返事は聞いていませんが」
「ほんとうですか、さま?」
「あ、う、うん、ほんとうだよ」
 祥子さんの幾分か鋭い視線に怯えながらも、肯く。
 すると、祥子さんは「そうですか」と呟くと、しばらく押し黙った。

 どうなるんだろう。
 不安でいっぱいになりながら、祥子さんをうかがう。
「…わかったわ。では、由乃ちゃんと令から先に、どうぞ」
「え…」
「いいんですか?」
 私と由乃ちゃんが、同時に声を上げた。
 令さんは相変わらず、傍観を決め込んでいる。
 はじめからこの展開になることを、予想していたような態度だ。
 さすがに付き合いが長いだけあって、祥子さんの行動をわかっていたようだ。
 親友ってすごいなぁ。

 祥子さんは澄ました顔で頷いた。
「えぇ。順番は守らなければいけないし、それに、さまはどうせお断りになるでしょうから」
 むっ、と由乃ちゃんが顔をしかめる。
 この発言には、令さんも驚いたようだった。
「そんなこと、どうして祥子さまにおわかりになるんですか?」
「だって、さまは姉妹のことをまず優先してお考えになるもの」
 へ?
「せっかくの姉妹のあいだに、水を差すようなまねはなさらないわ」

 …あー。
 なんか、意外に性格を把握されてるかも。
 私は微苦笑した。
 そう。それが頭をよぎって、即答できなかったのだ。

 ご両親とも面識があるとはいえ、部外者は部外者。
 姉妹のせっかくの時間に、あいだに割り込むようなまねはしたくない。
 たしか去年も、それで蓉子さんと祥子さんの誘いを断ったのだ。
 祥子さん、そのことを覚えていたんだなぁ。

「そうなんですか、さま!?」
「え、ああ…うん、さすがに、こんな特別な日にお邪魔するわけにはいかないよ」
「令ちゃんと私は構いません!」
「それでも、ね」
「だけど!」
「由乃、さまがそう言っているんだから、諦めようよ」
「でも令ちゃん!」
 気持ちが昂ぶったのか、由乃ちゃんは令さんをちゃん付けで呼んでいた。
 祥子さんのほうを見ると、なぜか誇らしげな顔をしている。

 うーん、でも、
「祥子さんの誘いも、お断りするね」
「えっ?」
 祥子さんが驚いたように目を見開く。
「なぜですか?」
 由乃ちゃんのように興奮することはないものの、どことなく不満がこめられた声だ。
「祥子さんだって、今年は祐巳ちゃんがいるでしょ?」
「ゆ、祐巳は…」
「やっぱり悪いよ、それは。秋に姉妹になったばかりなのに」
「……」

 祥子さんは一瞬口を噤んで、考え込んだ。
 少しして、目を上げる。
 睨むように私を見て、「もしかして、」と、すごいことを言い出した。

さま、だれか、ほかに約束をしている方でもいらっしゃるんですか?」
 さ、祥子さんッ、そんな、事態を引っ掻き回すような発言を…!
「えっ…」
「!! さま、どういうことですか!」
 由乃ちゃんが勢いよく私に詰め寄る。
「ちょ、ちょっと由乃ちゃん、落ち着いて…ッ」
「だれですか! そんな人…私、知りません!」
 いやいやいや、だから、
「そんな人いないってばっ」
「ほんとうですか!?」
「ほんとうだって…!」

 祥子さんも鋭い視線で私を見据えてるし…こうなったら、頼みの綱は令さんしかいない。
 私は助けを求めるように、彼女を見た。
 令さんは呆然としていたようだったけど、私の視線に気づくと、慌てて由乃ちゃんを止めに来てくれた。

「由乃、落ち着いて」
「放してよ令ちゃん! これは大事なことなんだからっ、それに、令ちゃんにとっても重大でしょ!?」
「そ、それはそうだけど…」
「邪魔をしないで、令。これははっきりさせておくべき問題よ。令だって、気になるでしょう?」
「いや、でもさ…」
「「でもじゃない」」

 ああ、だめだ。防波堤はかなり脆いぞ。
 私は、必死で押し寄せる津波を抑えようとする令さんに、エールを送りながら、背を向けた。
 がんばれ、令さん。あとでジュースおごっちゃる。
 アーメン。



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up data 04/12/24