特別でないただの一日、でない一日 4



 はあ、疲れた。
 私は階段の踊り場で一休みしていた。
 薔薇さまオーラに当てられるし、あの勢いには押されるし。
 なんか一生分のエネルギーを、使い果たしたような疲れ具合だ。
 さて、と。
「この本、返さないとな」
 図書室で借りてきたこれは、彼女に勧めてもらったものだ。
 冬休み前には必ず返すと言っておきながら、読み終えるまでにけっこうかかってしまった。

 私は壁に寄りかけていた身体を起こし、階段を下りる。
「あれ、さま?」
 上から降ってきた声に、私は階上を見上げた。
「令さん…それに、由乃ちゃん?」
 階段を下りてきたのは、江利子さんの妹の、令さんと、そのまた妹、由乃ちゃんだった。

 由乃ちゃんは私を見つけると、ちょっとだけ嬉しそうな顔をして、笑った。
 令さんを追い越して階段を下りて、私の傍へ寄ってくる。
「どちらに行かれるんですか?」
 かばんを持っていない私に、ふしぎそうな顔をする由乃ちゃん。
 そういえば教室に置きっぱなしだなぁ。
 あとで取りに行かなきゃ。

「ん、図書室に、本を返しに」
 言って、片手の本を示す。
「二人は?」
「私は、職員室まで。これを届けに」
「私はその手伝いです」
 なるほど。令さんの腕に収まっている書類か。
 っていうか由乃ちゃん、手伝いなら荷物持たないと。
「じゃあ、途中まで一緒に行く?」
 二人はやけに嬉しそうに笑い、同時に頷いた。


 並んで歩きながら、山百合会幹部の毎年恒例のクリスマスパーティの話から、私のこのあとの予定の話になっていた。
 またその話題か、と苦笑しながら、私が答える。
「とくに予定はまだ決まってないわ」
「そうなんですか? じゃあ、」
 って、令さんもそう来るの?
「うちで、クリスマスパーティをするんですが、どうですか?」
「クリスマスパーティ?」
「はい、泊りがけでイブからクリスマスを過ごすんです」
 ぜひ、さまも一緒に、と由乃ちゃんが言った。

「へぇー、パーティか。でも、二人のご両親も一緒なんでしょう? 私が邪魔していいのかな」
「もちろんです。さまは何度か、うちにも来ていますから、知らない仲ではありませんし」
 令さんの言葉を、由乃ちゃんが継ぐ。
「それに両親も、さまさえよければ、誘ってもいいと言っていました」
「そっかぁ…うーん、どうしようかなぁ」

 パーティか…だとすると、令さんが料理するのかな。
 令さんの料理は美味しいし、それに由乃ちゃんと話をするのは楽しい。
 たしかに、それも悪くないな。うーん…。

 二人の期待のまなざしに、私が答えようと思ったそのとき。
さま?」
 またもやだれかが声をかけてきた。

 今度はだれかな、と思いながら振り返る。
 そこには、黒髪の美人さんが立っていた。
「祥子さん…」
「ごきげんよう、さま。令に由乃ちゃんも、ごきげんよう」
 私は慌てて挨拶を返す。令さんと由乃ちゃんが、それに続く。

「なにをなさっているんですか?」
「ああ、図書室にちょっと…それで、この二人は職員室に用があるから、途中まで一緒に行こうって話しになって」
「そうですか」
 祥子さんは令さんと由乃ちゃんを一瞥する。
 一瞬、なにかを探るような目つきをしたのが気になった。
 なんだろう。

「それにしても、ちょうど良いところでした」
「え?」
さま、今夜は、なにかご予定はありますか?」
 うぅ、またこの展開か。
「ありません」
「では、私と一緒に食事でもいかがですか?」
「しょ、食事ですか」
「はい。父も祖父も今日は所用で出かけていまして、母がよろしければさまと一緒に、と」
 母はさまを気に入っているようですから、と祥子さんは続ける。
 食事…やっぱり豪華なんだろうなぁ。
 ちょっと気が引けてしまう。

さま、いかがですか?」
「あ、えーっと…」
 断りたいような断りたくないような。
 複雑な心境の私を遮ったのは、令さんでもなくましてや祥子さんでもなく、由乃ちゃんだった。

「待ってください」

 祥子さんの眉間に、皺が一瞬刻まれたのを、私は見逃さなかった。
 むしろ見逃したかった。



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up data 04/12/24