特別でないただの一日、でない一日 2



 終業式はつつがなく終わり、私は教室の自分の席で、思いっきり伸びをした。
 この机を使うのも、あと少しか。
 妙な感慨にふけっていると、ふいに背後に気配を感じた。
さん!」
「うわっ!?」
 驚きに声を上げはしたものの、相手の予想はだいたいついていた。
「聖さん…いい加減、抱きつくのやめてよ」

 ここ最近――はっきり言うなら、祐巳ちゃんが薔薇の館の住人になったころから――聖さんはどうも抱きつき癖がついたらしい。
 私にも、顔を合わせるたびに抱きついてくる。
 迷惑、というわけではないが、周りの視線が気になる。
「まあまあ、いいじゃない」
 本人に反省の色がまったく見えないのが、さらに悩みの種だ。

 私はため息をついて、聖さんの腕を引っぺがす。
「あー」
「あー、じゃない。もう、びっくりするからやめてって言ってるのに」
「だって驚いたさんもなかなか可愛いし」
 可愛いって…。
 私は臆面もなくそう言い切る聖さんに閉口した。

「…そんなこと言ってると、女性問題でそのうち訴えられるよ?」
 仕返しも兼ねて、半分冗談、半分本気で言ってみた。
 すると。
「大丈夫。さんにしか言ってないから」
 まったくこの人は…。

 私は苦笑混じりに嘆息して、それで、と訊ねた。
「どうしたの? なにか用?」
「うん、まあね。あのさ、さん、今日これから、予定ある?」
「ううん? ないけど、それが?」
 聖さんは途端に顔を輝かせ、身を乗り出してきた。
「じゃあさ、私と一緒に遊びに―――」

さん、江利子さんが来てるよー?」

 とっさにそちらを振り向くと、江利子さんがこっちを覗き込んでいた。
 目が合うと、にっこり微笑まれる。
「江利子…」
 聖さんが呟いた。なんかすごく悔しそうだけど…。
 私は忌々しげな顔をしている聖さんを、とりあえずほっといて、江利子さんのほうに行った。

「どうしたの、江利子さん」
「ちょっとね。聖となにを話していたの?」
「ん、ああ、なんか、これから遊びに行こうとかなんとか」
「そう。それで、さんの返事は?」
「へ? いや、まだだけど」
 それがどうかしたの、と問うと、江利子さんは機嫌よく頷いた。
「それじゃあ、私にもまだチャンスはあるわね」
「はい?」

 戸惑う私をよそに、江利子さんが言う。
さん、今日うちに泊まりに来ない?」
「え?」
 突然の誘いに、私は目を瞬かせた。
「じつは、うちの家族が全員仕事や旅行でいなくて。心配だから、友だちを泊めなさいって言われたのよ」
 そこまで言って、あ、となにかを思い出したように、江利子さんが呟いた。
「これから山百合会幹部のクリスマスパーティがあるから、そのあとということになるけれど」
「パーティ? そっか、毎年恒例って言ってたっけ」
 えぇ、と江利子さんは頷いた。

 それにしても、家族がいないのか…。
 それじゃあ、親としては――いや、鳥居家に限っては、兄も入るけど――心配だろうな。
 あそこはとくに過保護だから。
「それで、私を? 聖さんや蓉子さんのほうがよくない?」
「っていうか、一人でも平気でしょ、江利子なら」
 がばっ、と私におぶさって、聖さんが乱入してきた。
 私は呆れてため息をつく。

「もう…だから重いってば」
「そうよ、聖。さんが迷惑がっているじゃない。離れなさい」
「コミュニケーションよ。いいじゃない」
「下心ありのね」
「なによ」
「なにかしら」

 なんか唐突に戦闘モードに突入している。
 なんなんだろう、この人たち。
 そういえば蓉子さんから、むかしこの二人は犬猿の仲だったらしいと聞いた。
 っていうか、いまもそうだよね。

 睨みあう二人に、私は困り果てて虚空を見上げた。
 この場をなんとかできる人物といえば、一人しか思い当たらない。
 でも、そんなに都合よく―――、

「なにしているのよ、ふたりとも」

 ―――世の中ってよくできてるなぁ。
 私は感心しながら、声のしたほうを振り向いた。



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up data 04/12/24