特別でないただの一日、でない一日 10「藤堂志摩子」 お聖堂に入ると、志摩子ちゃんの姿はすぐに見つかった。 やっぱり、ここにいたか。 私はそっと彼女のほうへ近寄った。 このお聖堂では、気をつけていても足音が響いてしまう。 志摩子ちゃんはすぐに音に気づき、顔を上げた。 「さま…」 「ごめん、邪魔した?」 「いえ」 志摩子ちゃんは私の登場に驚いたようだったけど、すぐに微笑んでくれた。 私は適当な椅子に腰掛けて、つづけていいよ、と声をかける。けれど。 「もう終わったところですから」 そう言って、志摩子ちゃんは私の隣に座った。 しばし、沈黙。 「クリスマスパーティは、楽しかった?」 「はい」 「よかったね」 「はい」 穏やかな声が肯く。 私はふっと、微笑を消した。 「志摩子ちゃんさぁ」 「?」 「あんまり、自分の希望とか、押し殺さないでよ」 「…すみません」 「謝れってことじゃないよ」 申し訳なさそうな顔をする志摩子ちゃんに、私はつい、ポーカーフェイスを崩してしまった。 微苦笑で、志摩子ちゃんを振り向く。 「祐巳ちゃんに譲ろうとしたでしょ」 「…はい」 「だからちょっと意地悪しちゃった」 ぺろ、と舌先を出すと、志摩子ちゃんも声を出さず笑った。 「ほんとはこのまま、帰っちゃおうかと思った」 「私は、もう帰ってしまわれたのだと思っていました」 「できるわけないでしょ」 「そう、ですか」 「志摩子ちゃんはなんで帰らなかったの」 「できませんでした」 「だろうね」 背もたれに寄りかかって、マリア様を見上げる。 聖母の微笑みが、私たちを見下ろしていた。 なんだか悔しい。 「志摩子ちゃん、これからの予定は?」 「とくに、なにも」 「そう。私も」 「そうですか」 しん、と沈黙。 しばらく待ってみたけど、志摩子ちゃんからはなんの意思表示もない。 私は嘆息して、立ち上がった。 「じゃ、もう帰るね」 「っ…」 志摩子ちゃんはぱっと私を見上げると、けれどすぐに俯いてしまった。 やれやれ、ともう一度嘆息。 お聖堂を出ようと、志摩子ちゃんの前を通りすぎたそのとき。 く、と袖を引っ張られ、私は立ち止まった。 「…なに?」 冷たすぎず、やさしすぎずの声音を努めて出す。 志摩子ちゃんは少しためらったあと、顔を上げた。 「さま…。もしよろしければ、これから、知人の教会へ行くのですが…一緒に、来てくださいませんか?」 「……」 私は、私の袖を控えめに掴んでいる志摩子ちゃんの手を、そっと握り締め、微笑った。 「よろこんで」 私の願いはようやく、ほんの少しだけ、叶ったようだった。 |