特別でないただの一日、でない一日 10「福沢祐巳」 うーん、これっていわゆるストーカー行為になるのかなぁ。 自販機に寄りかかりながら、私は首を捻った。 でも、さすがに家に押しかけるわけにもいかないし。 そんなことを悩んでいると、視界の端を見知った少女が横切った。 ほぼ計算どおり。 いままで悩んでいたことも忘れて、私は自販機でふたつ、缶コーヒーを買うと、お釣りをそのままポケットに、彼女のあとを追った。 見慣れたツインテールが、歩くたびにぴょこぴょこ跳ねる。 手をこすり合わせ、白い息をはーっと吹きかけるしぐさは、なんだか小動物を見ているようで、微笑ましい。 私は大股で、少女の背中に近づいた。 「ゆーみーちゃん!」 「ぎゃぁ!」 リリアン生としては失格だけど、可愛い後輩としては、充分合格な反応を返す祐巳ちゃんに、私は満足して笑った。 拘束していた身体を解放すると、祐巳ちゃんは慌てて振り返り、私を見て目を瞠った。 「えっ、な…さま!?」 まさに、仰天という表現がぴったりなリアクション。 私は堪えきれない笑いを漏らしながら、片手に持っていた缶を祐巳ちゃんに渡した。 「うわっ、ととっ?」 それをとっさに受け取った祐巳ちゃんは、私と缶を交互に見比べる。 「どうしたの?」 「ど、どうしたのはこっちです! どうしてここに?」 「待ってた」 「誰を?」 「ん」と、祐巳ちゃんを指差す。 「え、あ、え、…わ、私ですか!?」 「以外に誰がいるんでしょう」 「えぇぇ? ででで、でも、私結局お誘いできなかったし」 「そりゃあ、私ができないように仕向けたからね」 数秒、間。 「え………えぇ!?」 あまりの反応のよさに、私は大爆笑してしまった。 ほんと面白いなぁ、このコ。 「そ、それって、ななななな」 「なんで、って訊きたいの?」 こくこくと頷く祐巳ちゃんに、私は笑う。 「だって、あの場で祐巳ちゃん選んだら、あとで志摩子ちゃんと気まずくなるでしょ」 もちろん、そんなことでひとを嫌うような志摩子ちゃんではないけど、祐巳ちゃんのことだから、ぜったい気にすると思う。 「だから、選べなかったの」 あんぐり、と口をあけて、金魚のようにぱくぱくさせる祐巳ちゃん。 なんか聖さんの気持ちがわかってしまった。 「祐巳ちゃんにやな思いは、できるだけさせたくなかったから」 「さま…」 「それとも、迷惑だった?」 祐巳ちゃんははっとして、首を横に振った。 「そんなことありません。私っ、その…嬉しい、です」 顔を真っ赤にして俯く祐巳ちゃんの頭を、そっと撫でる。 「それはよかった。私も、祐巳ちゃんとクリスマスイブを過ごしたかったからね」 その一言に、祐巳ちゃんは驚いたように私を見上げると、照れたように、でも嬉しそうに笑った。 私は笑い返し、祐巳ちゃんの手を取って歩き出す。 「あ…」 祐巳ちゃんは十面相ほど披露したあと、その手を、ぎゅっと握り返してくれた。 陽はもう傾いてきているけど、イブはまだ、これからだ。 |