特別でないただの一日、でない一日 10「島津由乃」 足音を立てないように、そっと階段を上る。 ネームプレートが下げられた扉の前。 ドアノブを、静かに回した。 暗い部屋に、明りが必要以上に入らないように、ぎりぎりのところまで開き、すばやく中に入る。 慎重にドアを閉めて、部屋はまた暗さを取り戻した。 ようやく目が慣れてきたところで、ベッドのほうを見やる。 うん、大丈夫。眠っているみたいだ。 私は忍び足で、ベッド際まで近寄った。 頭まで布団をかぶった少女に、小さく微笑む。 そして、ずっと持っていたそれを、枕元に――――、 「さま?」 「うっわ!?」 いきなり声をかけられ、私は慌てて仰け反った。 「な、よ、由乃ちゃん起きてたの!?」 由乃ちゃんは驚く私をよそに、上半身を起こす。 ひどく不機嫌な顔が、彼女の心情を物語っていた。 「どうしてここにいるんですか。お父さんとお母さんは?」 私はまだ納まらない心臓に手を当てながら、なんとか気持ちを立て直す。 「ご両親の了解は取ってあるよ」 「ふぅーん。で、さまはこんな夜中に、わざわざ誘いを断った人の家へ来たわけですか?」 うっ…。 だろうなぁ、とは思っていたけど、やっぱり怒ってたか。 私は苦笑した。まあ、怒るのは承知していたけど。 「悪かったよ。だけどしょうがなかったんだってば」 「なにがしょうがなかったんですかっ!」 噛み付くように――けれど控えめに――怒鳴る由乃ちゃんをなだめながら、その場に腰を下ろす。 そして、持ってきた大き目の紙袋を渡した。 「これ」 「?」 怪訝そうな顔でそれを受け取ると、由乃ちゃんは私を一瞥して、がさがさと開けはじめた。 ああ、苦労して包装したのに。 そう思ったけど、まあ由乃ちゃんだし、仕方ないか。 「…マフラー?」 少し驚いたような由乃ちゃんに、私は笑った。 由乃ちゃんはうかがうように、私を見る。 「手編み、ですか?」 「うん」 頷くと、由乃ちゃんはしげしげとそれを観察しはじめた。 なにかを言いかけて、途中でやめる。 でも、私にはなにを言おうとしたのか、わかっていた。 「令さんよりは下手だけどね」 先手を打つと、由乃ちゃんはなんとも言えない顔をした。 事実だけに、否定できないってか。 私は微苦笑する。 「あのときは完成してなかったから、誘いを断るしかなかったの。帰ってから、大急ぎで編んだんだから」 「…そうなんですか」 どうやら、納得はしたらしい。 さっきまでの機嫌の悪さはどこへやら、由乃ちゃんはとても嬉しそうに、そのマフラーを首に巻く。 「不恰好で申し訳ないけどね」 「そんなこと関係ありません。嬉しいです」 目を細めてマフラーに顔をうずめる由乃ちゃんに、私はなんだか照れくさくなって、頬を掻いた。 「ありがとうございます、さま」 「どういたしまして。あ、それと、」 思い出して、改めて由乃ちゃんに向き直る。 「メリークリスマス」 編み物は大変だったけど、由乃ちゃんのこんな笑顔を見られるなら、来年も挑戦してみようかと思った。 |