特別でないただの一日、でない一日 10「小笠原祥子」 大きな門をくぐって、祥子さんはあたりを見回した。 私は軽く手を振って、こっち、と声をかける。 屋敷をぐるりと囲む塀から身体を起こし、小走りに駆け寄ってくる祥子さんに、ひとつ微笑む。 「さま」 「ごきげんよう」 ごきげんよう、と律儀に挨拶を返し、祥子さんは険しい表情で私を見た。 「どうされたのですか?」 「どうって…クリスマスだからさ」 祥子さんの眉間のしわが、さらに増える。 うーん、相当怒ってるなぁ。 「私の誘いは、お断りなさったはずですが?」 刺々しさを隠そうともせず、祥子さんは言う。 私は苦笑した。 「あんまり格式ばったところとか、マナーに煩そうなところって、好きじゃないからさ」 「でしたら、言ってくださればよかったんです! お母さまも、さまにお会いすることを楽しみになさっていたんですよ?」 「小母さまだけ?」 途端に言葉に詰まった祥子さんは、しばらく視線をさまよわせ、ふい、と顔を背けた。 可愛いなぁ。 「ごめん。ごめんね」 「……」 「許してよ。このとおり」 頭を下げて、上目遣いに様子をうかがう。 祥子さんは私を横目で見ると、怒った顔を崩さず、むっと黙り込んだ。 私は祥子さんに気づかれないよう、笑う。 顔を上げ、首をかしげた。 「祥子さん? やっぱり怒った?」 「…知りません」 「食事は一緒にできなかったけど、祥子さんさえよければ、今日、泊めてもらえる?」 「うちに…ですか?」 頷いて、祥子さんの様子を見る。 「……私はべつに、構いませんが」 「小母さまは?」 「お母さまも、きっと許してくださると思います」 まだ怒ったふりをつづけているけど、どうやら機嫌が直ったらしい。 私はほっと息をついて、にっこり笑った。 「よかった。じゃあ、今夜は一緒に居られるね」 「…はい」 祥子さんが、やっと笑ってくれた。 行きましょう、と祥子さんに促され、私も歩き出しかけるが、ふと思いついて、立ち止まる。 その気配に気づいたのか、祥子さんも足を止め、ふしぎそうに私を振り返った。 「どうかされたんですか?」 「うん、ちょっとね。大事なこと忘れてた」 「え?」 首をかしげる祥子さんに笑いかけ、私は改めて、彼女に向き直る。 そして、言った。 「メリークリスマス、祥子さん」 祥子さんは軽く目を見開くと、すぐに笑い返す。 「メリークリスマス、さま」 彼女の心からの微笑みを受け、私はふっと、しあわせな気持ちに浸るのだった。 |