特別でないただの一日、でない一日 10「支倉令」 公園のフェンスに拠りかかって、私は空を見上げた。 すっかり日が落ちて、暗い空が見える。 雪が降るか降らないか、微妙なところだ。 と、夜中の道路を、ひとつの足音がこちらに近づいてきた。 私はゆっくりと身体を起こし、そちらを見やる。 まもなく見えてきた後輩の姿に、私は軽く手を挙げた。 「さま…!」 息を切らしてやってきた令さんに、私は微かに笑う。 彼女は私のもとまで来ると、白い息を吐きながら、早口に訊ねてきた。 「どうしたんですか、急に…こんな時間に」 「いや、もうパーティは終わったかなって思って。だから電話したんだけど、邪魔した?」 「そんなこと言ってるんじゃなくて」 令さんの言いたいことは、わかっていた。 一度は断ったはずの私が、なんでここまで来て、令さんを呼び出したのか。 彼女はそれが知りたいのだろう。 私は僅かに首をかしげ、口端を吊り上げた。 「令さん、鈍いよね」 「え?」 由乃ちゃんの言うとおりだ。令さんは、肝心なところで間が抜けている。 「乙女のくせに、乙女心をわかってないんだから」 「は? え、えぇ??」 疑問符をいっぱいに浮かべた後輩に、私はくすくすと笑った。 「令さーん、今日はなんの日?」 「え、クリスマスイブ…です」 「そうだね。で、日本でのイブといえば、どんな日?」 「そ、それは…その、恋人の日、というか…」 うん、予想通りの答え。では。 「そんな日にきみは、家族のパーティに私を誘ったんだね?」 「へ…?」 まだわかっていない。 私は深いため息をついた。 これじゃあ、由乃ちゃんが怒るのも無理はないか。 「あのねぇ、令さん」 困惑している令さんを見上げ、私は言う。 「特別な日に、好きな人と二人きりで過ごしたい、って思うのは、当然のことじゃない?」 ここまで言って、ようやく令さんは私が言いたいことを理解したようだった。 あ、と声を上げたかと思うと、え、と疑問の顔に変わる。 「えっ、好…えぇ!?」 やっぱり気づいてなかったか。 私は半ば予想済みのことに、けれど少しだけ肩を落とした。 「もう…ほんとうに気づいてなかったんだね?」 「う、え、だっ…ええぇ?」 「そんな困った顔しないでよ。それとも、迷惑だった?」 「そっ、そんなことありません!」 力いっぱい否定して、令さんは顔を赤くしながらも、言う。 「私、ずっとさまに憧れてましたから…う、嬉しい、です…」 「憧れだけ?」 「え、あ…」 はっとして、令さんは慌てて、真面目な顔で言い直した。 「…ずっと、さまが好きでした」 運動部員らしく、ぴしっと背筋を伸ばした姿は、やはり様になる。 私は満足して、笑った。 「私ね、ずっと言いそびれていたけど、今日こそはぜったい、って思ってた。そんな日に、家族ぐるみのパーティじゃ、味気ないでしょ?」 令さんは照れた表情で、小さく頷いた。 そのしぐさのあまりの可愛さに、思わず抱きつきたくなるところを、なんとか堪えた。 「どう? 忘れられない始まりになったでしょ」 「…はい、すごく」 照れくさそうに笑う令さんに、私も、満面の笑みを返した。 |