特別でないただの一日、でない一日 10「鳥居江利子」 お風呂から上がると、食卓の上にはお皿が並び、すっかり準備が整っていた。 さすが江利子さん。なにをさせてもばっちりだ。 「温まった?」 「うん、いいお湯でした」 「それはどうも」 いつもの退屈そうな顔に、どことなく不機嫌そうな色を見せている。 まあ、見慣れている人にしかわからないだろうけど、これは…。 私はとりあえず、気づかないふりをして、江利子さんの向かい側に座った。 「美味しそうだねー」 「えぇ、無駄にならなくてよかったわ。危うく、惨めなクリスマスイブを過ごすことになるところだった」 「……何気に責めてる?」 「さあ?」 うぅ…やっぱりちょっと怒ってるなぁ、これは。 私は嘆息して、言い訳モードに切り替えた。 「だってしょうがないじゃない。江利子さんたち、なんだか気迫がすごくて、怖かったんだから」 「だからって、逃げることないじゃない」 「薔薇さまオーラ三人分に囲まれたら、誰だって逃げたくなるよぉ」 「あら、それはつまり、私のことが嫌いってこと?」 「なんでそうなるの? 私、江利子さんのこと好きだよ」 「ついでに、聖も蓉子もね」 な、なんだ、この刺々しさは。 江利子さんは涼しい顔で、私から目を離す。 重い沈黙。 私はなぜか正座で、江利子さんの前に座りなおした。 「江利子さん」 「……」 「ごめん。ほんとごめん」 「……私が怒っているのは、べつに逃げたことに対してじゃないわ」 え、と私が顔を上げると、江利子さんは窓の外を見つめたまま、言った。 「あなたが、誰に対しても同じ態度だってことが、気に入らないのよ」 「へ?」 間抜けな反応をする私に、江利子さんは嘆息して、視線だけこちらに向ける。 「私のことがほんとうに好きなら、どうしてあの場でそう言わなかったの? あなたにとって、私はその程度?」 「いや、だってそれは…」 「あなた、誰にでも平等なのよ。私へのやさしさも、ほかの誰とも違いがないように見えるわ」 「そんなこと」 「ないの?」 「……」 私は困り果てて、虚空を見やった。 そりゃあ、確かにそう思えるかもしれないけど。っていうか、たぶんそうだと思うけど。 だからって、江利子さんが特別じゃないなんて、そんなことあるわけない。 私は意を決して、江利子さんの傍へ寄った。 江利子さんが訝しげに私を見る。 その視線を真正面から受け止めて、私は言った。 「私は、江利子さんが好きだよ。誰よりも…ほかの誰よりも、いちばん」 「証拠は?」 言うと思った。 私は微笑って、江利子さんの頭を抱き寄せた。 「ここにいること。これが、なによりの証拠じゃない」 江利子さんがいちばん好きだから、ここに来た。 江利子さんがいちばん好きだから、ここに居る。 その髪を指で梳きながら、江利子さんの反応を待った。 しばしの沈黙。納得できないのかな、と不安に思いはじめた矢先、彼女がようやく動いてくれた。 「今回は、それで納得しておいてあげるけど、」 次はないわよ?=\――脅しとも思える、迫力のある声音で、江利子さんが言った。 私は苦笑混じりに、答える。 「了解。肝に銘じておきます」 どうやら私は、なんとかお許しを得られたようだった。 |