特別でないただの一日、でない一日 10「水野蓉子」 「っあー、面白かったー」 「そうね、とくにラストがよかったわ」 「うんうん、やっぱり映画は恋愛ものに限るねぇ」 何度も頷いて同意する。 外はすっかり暗くなっていたが、ひとは減るどころか増えているみたいだ。 やっぱり、イブの夜はこれから、ということだろう。 私の隣を歩いていた蓉子さんは、それにしても、と私を見上げた。 「驚いたわ。バスを降りたら、さんが居たんだもの。いったいいつから待っていたの?」 「着替えてから行ったから、だいたい2、30分くらいかな」 「そんなに? 寒くなかった?」 「いいよ、待つの好きだから」 心配そうに覗き込んでくる蓉子さんに、私は笑いながら、人ごみから逃れるように道を逸れる。 蓉子さんも黙ってついてくる。 「雪、降るかな」 「降ったら素敵ね」 「うん」 真っ暗な空を見上げながら、ふいに、蓉子さんが言った。 「どうしてあのとき、答えてくれなかったの?」 どことなく責めるような声音に、私は苦笑するしかない。 「ごめん。だって、あの場で選んだら、あとで蓉子さんが大変だったでしょ?」 「そんなこと、気にしなくてもよかったのに」 「もうすぐ引退とはいえ、まだまだ薔薇さまのお仕事はあるでしょーから」 わざとらしくそう言うと、蓉子さんは困ったように笑った。 「あのあとだって、けっこう大変だったのよ?」 「う、どうもすみませんでした」 「この貸しは、必ず返してもらいます」 「ははー」 私がひれ伏すように頭を下げ、数秒の沈黙。 堪えかねたように、同時に笑い出した。 「これから、どうするの?」 目じりの涙を拭きながら、蓉子さんが訊ねてくる。 「さすがに高校生が、一晩中遊びほうけるなんて、できっこないけど」 「ばれたら停学ものだよね」 「下手したら退学よ? リリアンじゃ」 そりゃそうだ、と私は頷いた。 「それじゃ、蓉子さんの家にでも泊まりましょうかね」 「え、うちに?」 蓉子さんが軽く目を見開く。 「都合悪い?」 「そんなことない!」 予想外に大きな声に、私は驚いて立ち止まった。 蓉子さんもはっとして口をふさぐ。 うかがうように辺りを見回し、私と目が合って、苦笑。 しぐさが可愛いな、と思って、思わず笑ってしまった。 「それじゃ、行こうか」 言って、片手を差し出す。 頷きかけた蓉子さんは、驚いたように固まった。 「あの…え?」 「手。繋ご」 「えぇ?」 「嫌なの?」 「そ、そんなわけ…」 「じゃあいいじゃない。ほら、早く」 私に急かされると、蓉子さんはためらいがちに自分の手を、私の手に重ねた。 照れ顔を見せる蓉子さんに、私はくす、と笑いを漏らす。 「雪、今夜は降ってくれるといいなぁ」 「えぇ…でも、着く前に降られたら、ちょっと困るわね」 「確かに」 真っ暗な空から視線を外し、私はもう一度、蓉子さんの手を握りなおし、ゆっくりと歩き出した。 |