「いてててて、痛いって紗枝!」
 中から聞こえてきた声に、教室の引き戸に手を掛けた体勢では動きを止めた。
「放せよ!」
「イヤ」
「紗枝!」
 すき間から覗き見ると、知った顔ふたつが戯れている。
 は小さく笑い、わざと大きな音を立てて戸を開いた。







 ふたりが同時にこちらを見る。はにやりと口端を吊り上げると、大仰に肩を竦めて見せた。
「お熱いねぇおふたりさん」
「うッ、うるさい!」
 耳を引っ張られていた玲がかっと頬を赤くして立ち上がる。
 そのまま背を向けて座り込んでしまった。
 喉の奥で笑うに、紗枝が平然と話しかけてくる。
、5限目の授業どうしてたの? 先生が怒ってたわよ」
「中庭で寝てた。しっかしあんたたちもよくやるね。教室でいちゃつかないでよ」
「ッ、いちゃついてない!」
「陽が沈むまで我慢しなって」
「だからお前はなんでそういう…ッ!」

 振り返った玲は、肘をついてにやついているを見ると、険しい顔つきで睨んだ。
「まあまあ、照れなくてもいいから」
「照れてない!」
 へそを曲げはじめた玲に気づいた紗枝は、小さく嘆息し、へ咎めるような目をやる。それを受けたは、やれやれと肩を竦めた。

「で? なんの話してたの?」
「それがね、
「紗枝」
「玲ったら、自分の乱奪り記録を更新されたからって、拗ねてるのよ」
「紗枝!」
「ガキだねー」
「う…うるさいうるさいっ」

 は椅子の背もたれに身体を預け、息をつく。
 余裕に満ちた級友に、玲はちらりと目をやった。その右手がせわしなく白装束の裾をいじっている。
 しばらくして、玲がそっぽを向きながらぼそぼそと言った。
「お前はどうだったんだ?」
「なにが?」
「あたしたちに乱奪り記録を更新されたときだ」
 は玲を見やる。視線は合わないまま、沈黙が流れた。

 紗枝の目がの腰あたりに行く。
 当然、刀はない。彼女は一般生徒だからだ。―――今は。
「んー」
 は首に掛けている鎖を人差し指に絡める。
 チャリ、と小さな金属音が鳴った。鎖の先、制服に隠れた部分が垣間見えた。ふたつ連なった輪。刃友であることを示す、番戒。
 しんとした空気の中、が軽く口角を持ち上げた。

「とくに気にはならなかったね」
「嘘つけ」
さん嘘つかなーい」
「それこそ嘘だろ」
 おどけた様子のを不機嫌に見やる玲。
 は手のかかる妹でも見るかのような目つきで、玲を見つめる。
「べつにねぇ、記録なんて更新されてくものだし、それが嫌なら自分で打ち立てりゃいいだけの話だし」
「自分で、って」

 呆れ顔をする玲に、はなんでもないかのように言った。
「9組18人だっけ? 気に入らないならそれ以上を自分たちで作ればいいじゃん」
「んな…」
「それは…」
 さすがの紗枝も唖然とする。
「そんなの無理に決まってんだろ」
「どうして?」
 失笑した玲にすかさずが訊き返す。
「あたしらは特Aクラスだぞ。底辺のレベルとはわけが違う」
「特A、ねぇ」
「なんだよ?」

 含むような物言いのを、玲は剣呑な態度で見やる。
「クラスなんて関係ないっしょ、こういうのは」
 は背もたれにもたれ、両腕を頭の後ろにやり目を瞑る。
「重要なのは、できるかできないか≠カゃなくて、」
 一拍置いて、その両目が見開かれた。
 睨むより強く、見つめるより深く、ふたりを捉える。

「やるか、やらないか=v

 挑戦的なそれは、かつて玲たちの遥か頭上に立っていた頃のものと、なんら変わりなかった。
 ふたりは微動だにできず、を見つめ続ける。
 彼女の視線に身動きを封じられていた。

 その硬直した空気を払ったのは、ほかでもない本人だった。
「さってと、んじゃあ私は生徒会の仕事あるから、これで」
 あっさりと軽い調子で言うと、立ち上がってふたりを見下ろす。
「まだまだ頂には遠いみたいね、おふたりさん」
 反論しようとする玲に背を向けて、は教室を出て行った。
 左足を引きずりながら。

 がいなくなったあと、教室には言いようのない空気が降りていた。
 どちらからともなく、ため息が漏れる。
「言いたい放題しやがって、くそっ」
 舌打ちとともに毒づく声。紗枝はそれを横目で見やると、ひとつ息をついて肩の力の抜いた。
「さすがに彼女の親友だけあるわね」
「似たもの同士だからだろ。ああいうところはひつぎとそっくりだ」
 吐き捨てるように言った玲は、手に顎を乗せて窓の外を見据える。
 相方の横顔を見つめ、紗枝は小さく微笑んだ。

「あ、そうそう」
「「!!」」

 ガタガタガタッ!―――盛大な音を立てて玲が仰け反る。
 出入り口からひょっこり顔を覗かせたが紗枝に向かって言った。
「あとで5限のノート貸してね、紗枝」
「え、えぇ、いいわ」
「そんじゃ、寮でまた会いましょう…っと、そうだ」
「なッ、なんだよ!」
 ばくばくと大きく脈打つ心臓を必死で落ち着かせている玲は、怒鳴るようにしてを睨む。
 そんな玲ににんまりと笑いかけた。
「もう邪魔しないから、どうぞごゆっくり」
「―――ッ!!」
 さあ、と顔を真っ赤にした玲の怒声を背に、は大声をあげて笑った。



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up data 05/9/5
設定的に間違ってるところあるけどまあいいか。(てけとー)